[21] メイシネマ祭での感想〜メールからC 投稿者:青原さとし 投稿日:2007/05/30(Wed) 03:05
- GWに青原さとし監督のドキュメンタリー映画を観た。
小岩で毎年行われている「メイシネマ祭」というドキュメンタリー映画の上映会にて。
*
広島に原爆が投下されて、59年目の年。
爆心からさほど遠くない所にある「広瀬小学校」。
被害を受けた世代の卒業生が中心となり、学校に慰霊碑が建立された。
その記録撮影を依頼されたことがきっかけで、この映画は生まれた。
『私ら年じゃけえ、いつ死ぬかわからんし、広瀬小のみんなを撮ってくれんかねぇ』
そう言われたら、イヤだとは言えないわね(笑)
それから2年半にわたって撮影は続けられ、105分の作品になった。
衝撃的な事実が明らかになるとか、そんな派手さはなく、淡々と語られる。
原爆が投下された時、校舎にいたのに、奇跡的に助かった人。
学童疎開していて、遠くの閃光を見て、家族を心配した人。
被爆者だと言われるのが嫌で隠していた、という人。
そんな「生き延びた」同窓生たちの言葉が、とつとつと語られる。
原爆の残虐性を訴える、という趣旨の物語とは少し違う。
その瞬間に吹き飛ばされてしまった、家族の命、友達の命、隣人の命…、
そんな命の断片を丹念に拾い集めていくようにシーンが展開される。
慰霊碑建立のために集い、撮影も契機となり、
『(気持ちが)吹っ切れた』
そう言う人も多かったそうだ。
戦後、散り散りになっていた人々。
それぞれが、誰かを失った悲しみの記憶をやり場もなく、心の底に沈殿させていた。
その「やり場」ができた。
孤独な散り散りの想い(命の断片)たちに「集う場所」が与えられた。
同窓生たちが集い、(命の断片)たちを仲間として迎えてあげられた。
監督自身による撮影行為は、供養そのものだった。
小学校に建立された慰霊碑。
その「慰霊」の文字がまさに映画の主題を表している。
(命の断片)たちは、映画に編集され、上映のたびに顕在化するだろう。
実際、上映会場にも当時の卒業生だという方が観に来られていた。
映画を観ることも、映画に参加することだから。
監督にとって、この映画を上映するということは、お経をあげるのと同意なのかもしれない(笑)
しかし見終わった後のとるべき所作は、合掌ではなく、拍手が相応しい。
製作プロセスを含めて、面白い映画でした。
谷口悌三(映像製作)
[20] メイシネマ祭での感想〜ブログからB 投稿者:青原さとし 投稿日:2007/05/16(Wed) 23:35
- ドキュメンタリー作家・越智望さんのブログ
「yes! with love」http://yeswithlove.seesaa.net/article/40800638.html
[19] メイシネマ祭での感想〜ブログからA 投稿者:青原さとし 投稿日:2007/05/16(Wed) 23:31
- ドキュメンタリー映画『Puujee/プージェー』の監督
山田和也さんのブログ。
http://puujee.info/blog/2007/05/post_27.html
[18] メイシネマ祭での感想〜ブログから@ 投稿者:青原さとし 投稿日:2007/05/16(Wed) 23:23
豆まめ日記
〜広島市広瀬生まれの女性。
http://diary.jp.aol.com/xgzyppjc/77.html
[17] メイシネマ祭での感想〜メールからB 投稿者:青原さとし 投稿日:2007/05/16(Wed) 23:16
- 青原さんが制作したドキュメンタリー映画『望郷』の、
東京初公開につき、行って参りました。
『望郷』は、爆心地から約1キロ弱の小学校に視点を据え、
当時その小学校の児童だった人々の言葉を積み重ねていったもの。
8月6日、学童疎開の疎開先にいた人、小学校で被爆した人。
語るにも語る言葉を持てなかった人。
つい先日、広島へ行って来たばかりの私ですが、
映画のなかに出てくる人たちがあの日見た、
そして生きた広島の姿を、今の広島に想像することは難しい ことです。
きっとこれからは、そんな世代ばかりになってゆくでしょう。
あの日と今を何とか繋げようと試みる青原さんの苦心が伺えました。
焦土の上にアスファルトを敷き、復興した広島。
その下に今も眠る人々。
「広島市全体が墓地であり、人々にとっては、家族や親しい
人が亡くなった場所こそが、慰霊の地なのだ」と、
青原さんが言いました。
そんなふうに広島を考えたことはなかった。
認識は、ちょっとしたことで変わる、と思う。
映画のあと、顔見知りの人たちと一杯飲みました。
上映会場となった小岩で育った方からは、疎開の話と、
東京大空襲の話を聞きました。
生きることに必死だった時代を超え、
世界に追いつくことに必死だった時代を過ぎ、
置いたままにしてきたものの蓋を、
やっと開けられる時代になったのかもしれません。
原爆のみでなく、あの戦争というものが一体何だったのか。
学ぶということを、続けねばならないと思いました。
憲法の論議も、無縁ではないはず。
(30代女性・デザイナー)
[16] メイシネマ祭での感想〜メールからA 投稿者:青原さとし 投稿日:2007/05/16(Wed) 23:03
- 小学校に「慰霊碑」を建てることをきっかけに始まった同窓生の証言を訪ねる話。
それを青原さん撮影して、60分にまとまったので
「これで終わり」というつもりの試写会場で不明だった同窓生が名乗り出てきた。
新たな証言を加えとうとう105分の映画になって劇場公開ということになった。
ところがその上映会にも新たな同窓生が現れて、、、という状況らしい。
今回も上映後の監督挨拶中に同窓生達の疎開先に住んでいた人の証言が出た。
広島から電車で2時間かかるその駅で
8月6日の広島の空の色や広島から来た電車内の壮絶な光景を話してくれました。
青原さんはとてもローカルな話なので、東京でピンとくるか心配との挨拶でしたが
私はローカルを強く出して良い思います。
テレビでも楽屋おちの話はその人間関係の空気を
伝えるように、広島の空気を伝えていました。
映画のテーマですが。
広島、原爆、戦争、を扱うとどうしても
平和、戦争反対、友愛などを結論に求める図式があり、
私もそれを疑わなかった。
しかし青原さんの映画はそれだけじゃないテーマを見せたと思う。
例えば、被爆者でありながら平和公園には行ったこともない、
8月6日の式典は行きたくない、けど外へ出るわけでもなく
家の中でテレビも付けず何もしない。
関西方面に仕事に出た人は広島出身を隠している。などなど。
原爆はいろいろな形で人々に被害を与えたが、
それを集団で抗議したり、記念日に全員で黙祷を捧げたり
という形では表現できないことがあると伝えてくれました。
原爆ドーム周辺だけが被爆地ではなく、
広島全てが被爆地であり、復興という号令のもと、
拾われない遺骨の上にビルが建設され
「思い出は原爆ドームにお任せ」という図式が完成されている中で「そうじゃない」という証言が、
この映画の「同窓生の証言をまとめる」というテーマの中に隠されていると感じました。
塚本哲(写真家)
[15] メイシネマ祭での感想〜メールから 投稿者:青原さとし 投稿日:2007/05/16(Wed) 22:56
- 今日は小岩で友人が監督した映画の上映会。
「望郷」という広島の原爆をテーマにした映画。
当時、小学校だった人たちを訪ね、集団疎開や投下のときのこと、
戦後の話などを、原爆で失われた町の記憶と共に描いたドキュメンタリー。
しょうじき、観ている最中、「少し長いな」と感じた。
映画に登場する人たちのあふれる思いを丁寧に掬い取ろうと
しているため、場面場面が少しずつ長くなってしまう。
また、広島には一度しか行ったことがないので登場する地名
にイメージがわかずに戸惑う。
でも、映画が終わった後、監督との質疑応答で、
一人の女性が発言した。
彼女は当時、小学1年生。
広島から電車で2時間ほどの所に住んでいたとの事。
でも、まるで夕焼けのように赤く輝く空をはっきり記憶して
いて、投下の後、広島市から逃げてくる被害に遭った人たち
の様子も覚えている。
いや、「覚えている」というより、その記憶が、この映画を
観ることで喚起され、あふれるように語った。
監督は当初、この映画を1時間程度にまとめるつもりだったとの事。
でも、広島での試写会などで、今日の女性のような人たちが次々と現れ、
再度撮影したりして、結局100分の長さになった。
確かにこの記憶は「編集」出来ないと思う。
登場する人たちのあふれるような思いと記憶。
監督もナレーションで言っていたが、「この映画に出て語る
ことで、何か吹っ切れたような気がする」と複数の人が話したそうだ。
僕が最初に感じた「長い」という印象は、
「編集」された情報に馴れ過ぎているから。
テレビではたぶん、一番分かりやすく話してくれる人にフォーカスを絞って、
その他の人の似たような話は「編集」しちゃうはず。
今日、発言した女性の話も「爆心地にいたわけじゃないし、弱いね」とカットしちゃうだろう。
でもそうやってどんどん「編集」することで、単純で分かりやすくなる反面、
それぞれの人の固有の思いや記憶はまったく無かったことになってしまう。
ドキュメンタリー映画だからこそ、そうした思いや記憶を丁寧に掬い取ることが出来るはず。
監督のそうした意図に気がつかず、勝手に頭の中で編集していた自分の思考回路の恐ろしさを感じた。
映画の話だけじゃなくて、ふだん「要領よく」ということを重視している自分の考え方についても、示唆に富んだ映画だった。
それにしても、映画の中で登場人物たちが何度も語る「平和の大切さ」、という言葉が、
僕も含めて一般的にだんだんピンと来なくなっている気がする。
そうした隙を突いて「防衛省」なんてものが出来てきたし、
「防衛軍」とか変な名前の軍隊が強化されちゃうんだろうか。
今日、発言してくれた女性や映画で語られていた「平和の大切さ」、という気持ちはちゃんと届いたよ。
(男性)
[14] メイシネマ祭での上映会 投稿者:よたよたあひる 投稿日:2007/05/05(Sat) 23:56
- ハンドルネームにて失礼いたします。
2007年5月4日のメイシネマ祭での「望郷…広瀬小学校原爆犠牲者をさがして」上映会に参加させていただきました。中学生の娘をつれ、親子三人で鑑賞させていただきました。
とてもよかったです。
上映後の、トークの時間で、青原さんが、「とてもローカルな作品を東京で上映すること」について、どのようにみえるのか、という問いを投げかけていらっしゃいましたね。
作品に登場する方々のお話と、被爆したときの場所やお家の場所の現在の映像と当時の地図、そして爆心地からの距離、という文字情報をあわせてみていて、自分が今くらしている街の地図を思い描き、重ねながらみていました。
帰宅してから、グーグル地図で確認もしました。
一人一人の広瀬小学校児童だった方の、8月6日までの暮らし、家族、町の様子や歴史を思い描くことができ、原爆で破壊されてしまったこと、根こそぎ奪われたこと、その重さを考えておりました。
娘の同級生やPTAで知り合ったお母さんたちと一緒に見てみたいと思いましたので、なんとか、我が家の近くで「望郷」の上映会ができないか、ちょっとこれからとりくんでみようかと思っております。http://plaza.rakuten.co.jp/yotayotaahiru/
[12] 『望郷』上映後にいただいたメールからJ 投稿者:青原さとし 投稿日:2006/10/15(Sun) 00:54
- 人々の暮らしがあったところに原爆の投下があったということが明快にイメージできた。
実はここが描けていたドキュメントがこれまであまりなかったのではないかと感じた。
それと広島市の学校の平和学習の成果物は実は大変な資料価値があるのではないかとも・・
広島市は市内の学校の記録をまとめて保存しておいたほうがいいのではないかな。
(2006年10月9日 40代教員)
[11] 『望郷』上映後にいただいたメールからI 投稿者:青原さとし 投稿日:2006/10/15(Sun) 00:51
- 「望郷」を拝見しました。
原爆の悲惨さの訴え方が、責任追及のような形とか、
見るからに訴えてますって感じのだと説教がましいなと
思ってしまうのですが、
「望郷」は、それがぜんぜんなくて、すごく自然で、
となりのおじちゃんやおばちゃんの話をきいているような、
今の時代に通じる人間讃歌みたいな感じがしてすごく好きです。
当時の様子を、視覚だけでなく、触覚、嗅覚、味覚とか、
体感として記憶している話というのは、今の私たちにも
普遍的なことなのですごくリアルで分かりやすいです。
あそこまでピンポイントで細かい取材のしてある映画やテレビ番組は
今まであまりなかっただろうと思うので、
今後の貴重な資料になるのだろうなと思いました。
本当にお疲れ様でした。
(2006年10月9日30代・女性)