上映会随想記

 
 
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『土徳−焼跡地に生かされて』2003年上映会随想記

●2003年6月2日 東京
 新宿パークタワーで、チラシのコメントをお願いするため、関千枝子氏とお会いする。関氏は、『広島第二県女二年西組_原爆で死んだ級友たち』の著者の方で、ご本人自身女子高時代に被爆されている。私の父親とほぼ同世代。お忙しい最中、大変ご迷惑であったが、前日にビデオを送りご覧いただいた。
 険しい顔をして関氏はいわれた「ちょっと長すぎる。いろんなテーマを盛り込んでおられるようだけど散漫な印象」。関氏としては、ストレートな「原爆」をテーマとした作品を期待されていたようだ。チラシのコメントは、断られたが、私は作品に対する姿勢や思いを改めて関氏に語った。「被爆体験なんて私には、語ることはできない。戦後世代の人間が、あの時代とは、どんな世界だったのか、土徳とはなんなのかをただただ探りたいためにあの作品をつくりました。」関氏は、黙って聞いておられた。私が喋り終えた後もお互い沈黙していた。何を思われたのかは、わからない、ただ関氏のお顔が、なんとなくやさしい表情に変わった。「でも長すぎる」と最後に一言仰った。このコンクリートジャングルのど真ん中で、改めて同郷人の被爆者の方とお会いできたことは、私にとっては本当に感慨無量といった気持ちになった。お会いできてよかったと思う。

●2003年6月6日、7日 広島 真光寺 出演者および関係者試写会
 近所の沖田さん、谷口さん、真光寺伴僧だった故黒川さんのご家族、父の友人佐々木さん、武田さん、江田島教法寺さん、元妙照寺高木さん、寺町・光円寺、門徒さんなどなど、映画に出演していただいた多くの皆さんと近隣近在のお寺さんをご招待し、真光寺本堂で試写をした。本来なら一番最初にお披露目しなくては、いけない人たちだったが、兄である真光寺住職と兄嫁さん、母親の協力で、やっと実現した。皆さん長い映画なのに画面に食い入るように観てくださり、笑うところは、大笑いし、泣くところは泣いてくださる。他地域で上映したときは、「自分のおいたち」のシーンが映されると、恥ずかしさばかり感じたものだが、ここで上映していてもまったくそれを感じなかった。私自身が生まれた家で、自分のアルバムを近所の方々に御見せしているような感覚なのであろうか。不思議なものである。やはりこの映画は、この真光寺が出生地であり、ここから出発をし旅をしてゆくのだ。何か父親から派生した我が真光寺先祖たちの大きな大きなはたらきすら感じる。
 広島では、近隣近在の浄土真宗のお寺さん50カ寺が、メンバーとなり「土徳の上映を成功させる会」が結成され、この後、非常に多大な応援をいただいた。チケットの頒布、ポスターの掲示、父親の遺徳以外の何ものでもないと思う。各お寺さん、門徒さん、本当にありがとうございました。
(画像は「中国新聞 2003.6.17」の記事)

●2003年6月12日 東京 シネマ下北沢 弟1回マスコミ向け試写会
 朝、10時、ボツボツだが、徐々にお客さんが、集まってきてくれた。民映研先輩カメラマンの澤幡正範氏、堀田泰寛氏、記録映画構成者・四宮鉄男氏、映像編集者・森田恵子氏、グループ現代・川井田博幸氏、海外映画普及協会の森栄子氏、東京新聞記者、映像フリーライター、CINEMA塾の比嘉さんなどなど、私の友人・知人も来てくれたが、初めてお会いする方がほとんどだ。
 終了後、食事の席で、堀田氏、四宮氏、森田氏が、なにかこそばゆいぐらいの声援してくださった。皆さんの感想を聞けば聞くほどこの作品が、私個人の力で出来上がったのではないことを実感する。2,3日後、四宮氏から『土徳』にふれた「映像ひとり新聞」の作品評がとどく。A4用紙2ページにわたってびっしりと書き込まれ、作品を批判した箇所がまったくない。私が、構成し、伝えたかったことを一コマ一コマ同調し観応してくださっている文章には、絶句してしまった。たった一回ご覧いただいただけで、これほど詳しく私の意図をご理解いただけたことに、言葉にならないほどの感動を覚える。この文章は、そのまま劇場用パンフレットに転載させていただいた。

●2003年6月中旬 東京
 日を追うごとに徐々に劇場公開のための準備が固まってくる。
 チラシは、私が、たたき台をつくり、印刷屋さんとデザイナーの方にまかせ、チラシのコメントを鈴木志朗康氏とジャーナリストの足立倫行氏にお願いする。
 パンフレット出版は岩井友子氏、三橋彩子氏、ホームページ作製は樋口潤一氏にお願いすることにした。彼らは、武蔵野美術大学出身の絵画集団・放牧舎のメンバーである。出版やHPは、私にとって初めての経験なので、彼らの参加は、本当に頼もしい存在だ。
 他、前述の堀田氏、四宮氏、森田氏、試写会にきていただいた岡部宏代氏、田中千鶴子氏、佐藤由紀子氏、菅野裕士氏、宮川典子氏、杉田晴美氏、長野亮之介氏、築地本願寺他多くの方々が、チラシ配布やチケット頒布などの広報に力を注いでくださった。本当に感謝します。

●2003年6月25日 東京 映画美学校 弟2回マスコミ向け試写会
 20名ぐらいの方々が来ていただいた。終了後、近くの喫茶店で、東京新聞の取材を受ける。試写会に来てくれた伊藤瀧子氏という人が、「青原さんのお話がお聞きしたい」といわれ取材に同席された。私は、平和運動などあまり関心がないため、恥ずかしながら伊藤氏どういう人だか知らなかった。後で、「NO!有事立法23区ネット」などで中心となって精力的に活躍されている有名な方だとお聞きして赤面してしまった。