上映会随想記

 
 
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『土徳−焼跡地に生かされて』2003年上映会随想記


●2003年12月6日、7日 東京都池袋  ドキュメンタリー映画祭 AzContest2003
ドキュメンタリー制作会Az(アズ)は、1998年4月に結成された。ドキュメンタリー制作活動を中心とした学生による自主的な活動団体である。テレビや映画といった既成の枠にとらわれない、アマチュアならではの作品を生み出すことが目標で、年2回の発表会に向けて各個人、またはグループ単位でドキュメンタリー作品を制作し、上映する。 そして、外部上映会とは別に、毎年ドキュメンタリー映画祭・アズコンテストも企画・運営し、プロやAz以外のアマチュア映像作家とも交流を持っている。(ドキュメンタリー制作会Az公式サイト)
私は、この映画祭の2003年度フリーテーマ部門に『土徳』を応募し、ノミネート作品として選出された。
12月6日 初日は、規定テーマ部門の上映と『小学生がつくるドキュメンタリー』や河瀬直美氏『追憶のダンス』、東京ビデオフェスティバル大賞作品『ROGO』など多種多様なプログラムが組まれいた。学生の運営でこれだけ充実した内容に驚いた。
翌日、フリーテーマ部門ノミネート6作品が、次々に上映された。朝『土徳』が最初に上映され、ついで[医療観察法案]反対を訴える精神病者を記録したかけがえの前進』、 群馬県草津町にある国立ハンセン病療養所楽泉園の患者さんたちを追った『熊笹の遺言』。 不登校、ひきこもりという苦難を10年間生きた女性が、その原因を虐待した父親に問いただす『レター』。 突然喉頭がんを宣告され声を失った東京最後の街頭紙芝居師を追う『人生紙芝居』、 廃墟に次ぐ廃墟、無表情な人間、 死の匂い、アフガニスタンの現在をビデオクリップ風にまとめた 『アフガンアライブ』 。以上6作品を立て続けに観た。全員私より10年以上若い人たちが製作したものだ。
観終わって気づいたら、どの作品も極限状況下に陥った人間もしくは現場を追いかけたものばかりである。おそらく製作する上でも、製作サイドも相当な精神力やねばりを強いられたであろう。 しかし製作サイドがどのように苦労しようが、見る側に共感を及ぼすかどうかは別である。
自分の作品はさておいて、この種の作品を立て続けに観ると、はっきりいって辟易だった。(人生紙芝居と熊笹の遺言は、なにか好印象がもてた)前日の河瀬氏の作品もそうだが、私的映画というのは、どうしてこう内に内に閉じていく方向に向かってしまうのか。最近顕著に「被写体を直視し、人間の闇を抉り出す!」式の映画が多すぎないか。なにやら全体的にセンセーショナルなものを狙っているような作品ばかりが、めだって陰鬱な気分になった。それだけ今の世の中がそうなのだといわれればそうなのかもしれないが…。
結局審査員の方々は、「ドキュメンタリーにランクをつけるのは重荷だ」と注釈したうえで、『熊笹の遺言』が準グランプリ、グランプリは該当作なしという結果を出された。
『土徳』ついては、「6作品の中では異質な作品で作家性はちゃんと出てたと思う。でもドキュメンタリーというのは、もっともっとダイナミックであるべきだ」(森達也氏) 「ぶっとんでいたけど、何かが足りない気がした」(田口ランディ氏)「大変おもしろかったけど、青原さんは、もう少し映像を信頼されたらいいと思う。3時間ぐらいの長さでもよかったのかもしれない」(諏訪敦彦氏)
私が作品で気になっていた部分を指摘されたような感じもした。

●2003年上映活動を終えて
この年は、本当に新しい体験の連続だった。地方を巡回しいろいろな方々とめぐり合い、様々なご縁を結んだ。様々な地域のお寺さんや門徒さんなどにきていただいた時は、なにか父親の説教のマネジャーにでもなって行脚の旅でもさせられているような気になったことさえある。私は、何度か上映を続けるなか、来年こそ、広島に居をかまえる決心をした。今年の上映活動の縁を『土徳第二部』へのスタートとしたい。私の生涯かけるべきテーマはやはり今まさに風前の灯火である「地域」「地元」「古老」「伝承」である。私の知らない世界は、無尽蔵にある。おそらく一生かけても求めつくされえないであろう。ふるさと・広島に新たな旅立ちである。